【金山城跡】城を守るための知恵が見事!難攻不落の城へいざ!

LINEで送る
Pocket

太田市のほぼ中央にそびえる、
標高239メートルの金山に築かれた「金山城」。

戦国時代に、金山全体の自然地形を利用して造られた、
「山城」という種類の城です。

県道金山城址線の終点にある駐車場から、尾根伝いに堀切や石垣など、
金山城遺構をゆっくり見ながら、頂上の本丸まで1キロ弱の道程。
気分は戦国武将?!金山城跡に、いざ出発です!!

金山城の歴史

1469年(文明元年)新田一族であった岩松家純によって築城。
以降、主は由良氏、北条氏と変わりましたが、
上杉謙信の攻撃を幾度となく退けるなどしたことで、関東七名城のひとつとされました。

1590年(天正18年)豊臣秀吉の小田原征伐によって北条氏が滅亡し、廃城。
それまでの間、鉄壁の守りを誇っていたことから、
「難攻不落の名城」として知られるようになりました。

そして300年以上の時を経て、1934年(昭和9年)金山城跡は、
中世の貴重な城郭として、県内では初めて国の史跡に指定されました。

2006年(平成18年)には、公益財団法人日本城郭協会より、
「日本100名城」に選定されています。

敵から城を守るための知恵がたくさん!

山城の戦い方は、麓に居館を構え、戦うときには山頂の城で堅い守りに徹するのだそうです。
ここで重要なのが、敵の侵攻を防ぐための工夫。
山の尾根筋を意図的に分断した堀切は、尾根伝いに侵入する敵を防ぐためのもの。

道幅を狭くすることで通りにくくしたり、通路を隠し、敵を威圧するために石積みを施したりしています。

そして金山城は、この「大手虎口」と呼ばれる場所が、一大防御拠点としてもっとも重要な場所でした。

このような大規模で複雑な虎口の構造は全国的にも貴重で、
難攻不落」を誇った金山城を象徴する場所の1つだと記されています。

沼田市にある沼田城も「難攻不落」の堅城として知られていますね。
真田丸ゆかりの地を巡る~箕輪、岩櫃、名胡桃、沼田4つの城を駆け巡る旅~

先人の知恵を活かして作られた虎口は、
歩く度に当時のようすが目に浮かぶような迫力があります。

今も続く発掘調査

史跡金山城跡の環境整備事業に伴い、平成6年より発掘調査が開始されました。
これにより、当時の金山城の姿が解明されつつあるのです。

従来、「戦国時代の関東の山城に本格的な石垣はない」とされた
城郭史の定説が、金山城跡の発掘調査で覆されました。

調査の結果をもとに、往時の姿を可能な限り再現しています。
発掘された石垣や石敷きなどが多く使われているので、
余計に当時の雰囲気を感じられるのでしょうか。

難攻不落の名城は復元されて、その姿をわたしたちに伝えているのですね。

そして発掘調査は現在も続いています。
これから何か新しい発見があるのか……それもまた楽しみです。

本丸で圧巻の景色を拝む!

推定樹齢800年ほどの大ケヤキ。金山城の歴史をずっと見守ってきたのでしょうか。
なんだか神秘的です。

現在は、本丸跡とされている地点に新田神社があります。

今と景色は違えども、頂上の本丸から見下ろす景色は、当時も圧巻だったのでしょう。
復元された戦国時代の通路を歩きながら、当時に思いを馳せてみるのもいいですね。

史跡金山城跡ガイダンス施設とまとめ

金山城跡の歴史を、詳しく紹介している施設です。
金山来訪者の憩いの場として、平成21年に金山の麓に開館しました。
外壁には金山城の石垣をイメージした石板が配置されています。

こちらの戦国シアターで5分程の映像を見ると、

歴史が苦手な方でもわかりやすく学べます。

展示品やバーチャル体験装置などがあり、特に興味深いのが、金山城を再現したジオラマ
目線をジオラマの高さにあわせると、当時の金山城に実際に入り込んだかのように精巧です。
入場無料とは思えないクオリティなので、ぜひ立ち寄ってみてほしい施設です。

金山城跡

住所:群馬県太田市金山町40-98
問い合わせ先:0276-20-7090 (太田市教育委員会 文化財課)

取材協力:太田市立史跡金山城跡ガイダンス施設

住所:
太田市金山町40-30

TEL:
0276-25-1067

問い合わせ先:
0276-20-7090 (太田市教育委員会 文化財課)

開館時間:9:00~17:00 (入館は16:30まで)

休館日:
月曜日(祝日の場合は翌日)

入館・観覧料:
無料
※写真撮影に関してはお問合せください。

LINEで送る
Pocket

群馬県のツアー(交通+宿)を探す