松之屋の沼田氏御城印|6枚の御城印をつなげて分かる沼田絵平八郎の水墨画

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

沼田市といえば真田氏が栄え、沼田城址など観光名所として有名ですね。

平安時代より栄え、真田氏にと敵対した沼田氏をご存知でしょうか?

沼田氏について知ってほしいと、関わりの深い6つの御城印が登場し話題を読んでいます。
そこで今回は、沼田氏にまつわる御城印と購入できる場所などをご紹介します。

利根沼田地区で栄えた沼田氏とは?

沼田氏とは中世に上野国利根沼田(現在の沼田市周辺)を領した武士の一族です。

Wikipediaには以下のように記されています。

『吾妻鏡』に初出するのは沼田太郎で、文治元年(1185年)10月24日の頼朝随兵として登場する。沼田太郎は建久元年(1190年)11月にも随兵としてみえる。その後、沼田氏は和田合戦に参加している。どちらの陣営だったかは不明。この戦いで沼田七郎・次郎が戦死したと記載される。承久の乱では幕府方として参加した。

『沼田市史』によれば、鎌倉時代後期には大友氏が沼田を支配しており、大友一族が入っていたと見られる。そののちに三浦氏後裔(こうえい)を自称する沼田氏が登場した。

鎌倉末期以降は、沼田氏は元弘3年(1333年)の千早城・赤坂城攻めに鎌倉方として見え、結城合戦では沼田荘を本領とする沼田上野三郎が上州白旗一揆の成員だったとある。文明3年(1471年)5月30日には沼田彦三郎の子が足利義政から感状を得ており、一揆構成員から独立した武家になっていたとみられる。

享禄・天文年間には沼田中務大輔顕泰がいた。顕泰は享禄4年(1531年)に同族の発智氏と争っている。沼田城を築城し幕岩城から移って居城としたという。山内上杉憲政が後北条氏に敗れると、沼田顕泰はこれを迎え越後国へ落ち延びさせたが、隠居していた顕泰と当主・弥七郎(顕泰次男または三男)との間で内紛が起こる。弥七郎は北条氏側につき、顕泰は上杉氏側で家中が分裂したためであった。この内紛は、弥七郎が顕泰によって討たれ、その顕泰も北条方の厩橋長野氏によって攻められ越後に逃亡したことで、沼田領を後北条氏が手に入れ、沼田氏が没落して終わった。沼田氏の名跡は永禄2年(1559年)8月以前に北条綱成次男・北条康元が沼田城に入って継承した。

しかし永禄3年(1560年)、越後の上杉謙信が越山してくると、沼田康元は敗れ、沼田顕泰は復権して上杉配下で沼田衆を率いる立場になった。だが要衝・沼田城は上杉謙信家中の城代支配とされてしまった。
その後、沼田城は御館の乱の混乱で後北条氏側に奪回され、次いで武田勝頼配下の真田昌幸により調略された。一方、沼田顕泰の子・平八郎景義は後北条氏方となった由良氏について上野女淵城に復権していたが、天正9年(1581年)由良氏の支援を得て武田方となった沼田城の奪還を図った。しかし景義は真田昌幸の意を受けた金子泰清により沼田城で謀殺されてしまい、これによって沼田氏は滅亡した。

平安時代より栄えた沼田氏、真田氏と深い因縁があったことがよくわかると思います。
では早速、沼田氏の6つの御城印をひとつずつ紹介します。

荘田城

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

沼田氏発祥の地と言われる荘田城は北条時頼に滅ぼされたし三浦氏の一族が逃れ、沼田景泰と称し築城されました。沼田氏発祥の地として8代158年続き、現在は本郭(ほんくるわ)と八幡宮が城址に鎮座。

初代景泰が統治した沼田氏発祥の城です。

小沢城

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

1405年荘田城から移った沼田景朝が小沢川の崖端に築いた小沢城。4代114年続き、現在は堀と土居などが残され、当時の貴重な遺構として保存されています。

八代景朝が築城した墓城と言われています。

幕岩城

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

薄根川に面した幕岩城は1519年に沼田泰輝が築城。沼田城が築かれる間の僅かな期間だけ居城されました。本丸跡は現在畑や住宅地になっています。

十一代泰輝が築城した沼田城前居城とされています。

天神城

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

川場村の天神地区、薄根川と溝又川の合流地点にある台地に1577年に築城された天神城。沼田万鬼斉顕泰の隠居所として作られたと言われています。

顕泰は自分の息子沼田城主朝憲を殺害したため、川場の合戦へと発展しました。
十三代顕泰が築城した断崖絶壁の要塞とされています。

女渕城

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

赤城山山麓前橋市粕川町にあった水濠を使った平城、1560年に沼田平八郎景義が一時的に隠居するために作られました。

現在は水堀・空堀・土塁が残されており、本丸跡は畑として利用され、石碑が立っています。
沼田景義が築城の泡沫の安息地とされています。

高王山城

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

沼田市石墨町と発地新田町の境、高王山に発知氏が1581年築城、沼田景義が沼田城の奪還を図るために本陣を構えたと言われています。現在は主郭・土塁、曲輪が見られます。

十四代景義の本陣、沼田城奪還の拠点とされています。

6枚集めてレアアイテムをゲット

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

沼田氏に因んだ6枚の御城印を横に繋げてみると、真田氏に奪われた沼田城を取り返そうと目論む沼田絵平八郎の姿が水墨画調で登場します。

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

また、6枚をセットで購入すると特別な沼田城の御城印を500円で入手できます。月替り、松之屋店舗限定販売なので、ぜひゲットしてみてくださいね!

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

松之屋上州武将隊でゲット

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

この御城印をゲットできるのは、沼田市の街中にある松之屋。戦国武将真田信之とその妻小松姫から1文字ずつ取ってこの店名がつけられました。

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

店内には戦国武将真田家のキャラクターグッズやお土産。

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

さらには福引に手裏剣投げなどのアトラクションもあり。戦国時代を肌で感じられるショップです。

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

公式ネットショップでも購入OK!遠くて買いに行けないよ~!という方はぜひ通販を利用してみてくださいね。

また、戦国武将のキャラクターに扮し、イベントや自主ステージも披露する武将集団「上州真田武将隊」の本拠地にもなっています。
 

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店舗情報

営業時間:
平日13:00〜17:00
土日祝日10:00〜17:00
定休日:月曜日・水曜日・金曜日
住所:群馬県沼田市中町1126
電話:090−2337−0383
公式HP:https://www.josyu-sanada.com
2021年4月より新店舗にて営業予定とのこと。詳細は公式HPでチェックしてくださいね!

 

まとめ

松之屋 沼田氏御城印 沼田絵平八郎

沼田市で真田家と並び、戦国時代に活躍した沼田氏にゆかりのある城を御城印とともにご紹介しました。

6つの御城印を集めると沼田城のスペシャルな御城印がもらえる特典付き。城マニアにはたまらないアイテムとも言えるでしょう。

沼田市観光とともに実店舗で購入、足を運べない人はネット通販でも入手できるので、ぜひ御城印コレクションに加えてみてはいかがでしょうか。

※情報は掲載当時のものです

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