斎藤佑樹|プロ野球引退の可能性は?現在の成績・経歴まとめ速報

斎藤佑樹 ハンカチ王子 野球 引退
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2006年夏の甲子園決勝戦で、現メジャーリーガーの田中将大投手とともに高校野球史に残る名勝負を繰り広げた斎藤佑樹投手。出身高校は早稲田実業高校ですが、実は埼玉県太田市の出身です。

甲子園でのフィーバー以来「ハンカチ王子」の愛称で親しまれて注目され続け、現在北海道日本ハムファイターズに所属している斎藤投手も、2020年の今年はプロ10年目。成績の低迷が続く中、節目の年を迎えており、週刊誌等では引退もささやかれています。

そんな日ハム斎藤佑樹投手について、これまでの経歴や近況、今後について、ここではWikipediaだけではわからない情報をまとめています。

【斎藤佑樹】のプロフィール


斎藤佑樹投手と言えば、何と言っても2006年夏の甲子園での活躍。早稲田実業高校のエースとして、現メジャーリーガーで当時駒大苫小牧高校のエースだった田中将大投手と決勝戦で投げ合い、延長15回引き分けによる再試合という二日間の激闘の末、最後は田中将大投手を打ち取るというドラマチックな展開で、高校野球ファンのみならず日本中を熱狂させました。

田園地帯が広がる群馬県太田市の住宅地で育ち、家庭では元高校球児の父親や兄と一緒に小さい頃から野球に親しんできた斎藤少年。地元少年野球チームに所属して中学校まで地元で野球に取り組み、早稲田実業高校野球部、早稲田大学野球部、プロ球団日本ハムへと進んで野球を続けてきました。

本名:斎藤佑樹

生年月日:1988年6月6日

血液型:O型

身長:176cm

職業:プロ野球選手

所属:北海道日本ハムファイターズ

出身地:群馬県太田市

出身校:早稲田実業高校、早稲田大学

背番号:1

最新の経歴|なぜクビにならないの?


大学卒業後、日ハム、ロッテ、ソフトバンク、ヤクルトと4球団から1位指名を受け、鳴り物入りでプロ入りを果たした斎藤投手ですが、入団後2年目あたりから低迷。ここ最近は2年連続未勝利(2018年、2019年)に終わっています。そんな状況に「なぜクビにならないのか」という声も聞こえてきます。

高校・大学と華々しい成績を残してきた斎藤投手がなぜプロ入団後、不振に陥ってしまったのか。その原因は、大学時代に投球フォームを変えたことや、怪我でプロ入り後もフォームが安定しないといったことがネット上や関係者の間では指摘されています。最高球速は大学時代に150キロは記録していたそうですが、プロ入り後はその速さにもだいぶ陰りが見えてきているようです。

そんななかでも、やはり甲子園以来の人気や注目度は高く、集客やグッズ収益で球団に貢献している部分は大きいと言われています。
また、プロ入り後低迷が続くも数年経って劇的な復活を遂げる選手も時々現れます。高校野球や大学野球で見せた冷静さや精神力、勝負強さを信じて、遅咲きの活躍を期待されている部分もあるようです。

【ファイターズ】成績|怪我に苦しむプロ生活

注目を集めたプロ1年目の2011年には初登板で勝利を収め、まずまずの成績でシーズンを終えます。2年目には開幕戦で初の完投勝利を収め、完封も果たすなど期待に違わぬ活躍を見せますが、次第に不調に陥り2軍でも結果を出すことができません。RSAA(失点を防ぐ指標)がプロ野球全投手のなかでもワーストになるなどつらい低迷の時期、そしてわき腹や右肩の怪我にも悩まされ、2013年は2軍スタート。以降現在まで成績の振るわない状況が続き、2018年、2019年は2年連続未勝利で、2019年までの通算成績は防御率で4.34という結果に終わってしまいました。

一方で、2019年はWHIP(1投球回あたり何人の走者を出したかを表す数値)や被打率がキャリアハイ(プロ入り後の記録としては過去最良の数字)となっており、復活の兆しが見えるとする見解もあります。
また、同年のシーズンオフには大学時代からの知り合いだった一般女性と結婚。支えてくれるパートナーを得て、ここからの飛躍を期待したいところではあります。

2020年の年俸|なぜ年俸が高いの?

プロ野球選手の年俸はすべて推定ですが、斎藤佑樹投手の場合、プロ契約初年度は新人としては最高評価の1500万円でした。2年目は1年目の結果と期待値からかさらに上がって3000万円。3年目には3500万円の自身最高額まで上がりました。しかしその年は右肩の怪我の影響もあって力が出せず、ファーム戦でも打ち込まれる場面が多く、防御率7.18という成績に終わってしまいました。
その後、2014年からは年俸も右肩下がりに年々減額となり、2019年と今年は1600万円。それでも入団当時よりも100万多い金額となっています。

振るわない成績が続くなかで、なぜこれだけもらえるのか。それは前述のクビにならない理由と同様、その知名度による集客やグッズの売上貢献、また、遅咲きでも今後結果を出すのではないかという今後への期待という部分が考えられます。

家族や交友関係|ハンカチ王子のプライベート


斎藤佑樹投手は父親と母親、そして3歳年上の兄の4人家族。前述の通り父親も元高校球児で、二人の息子には子どもの頃から野球を教えてきたそうです。母親も球技好きというスポーツ一家お兄さんとは二人で自宅の庭でよくキャッチボールをし、兄弟げんかは少なかったとか。

斎藤投手が早稲田実業高校へ進んだとき、お兄さんは東京の予備校に通う浪人生。互いの通学の時間的体力的負担を減らすため、二人で国分寺市のアパートを借り、力を合わせて生活していたそうです。

浪人中の兄と中学卒業したての弟が、初めて親元を離れ二人暮らし。慣れない環境で、兄は受験に向け、弟は野球と勉学に励みながら、慣れない家事や弁当作りに追われる日々は大変だったことでしょう。両親の著書『佑樹 家族がつづった物語』にはその時の様子が詳細に描かれており、あの夏の甲子園の劇的な優勝の裏には、家族、指導者、学校、チームメートなどたくさんの支えがあったことがうかがえます。
また、同著書のなかで母親のシヅ子さんは、斎藤投手の結婚相手として「斎藤投手に歩調を合わせてくれる人、立ててくれる人であれば」と希望を綴っています。

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両親の著書『佑樹 家族がつづった物語』では、斉藤投手の両親が誕生から現在までを振り返りながら、斎藤家の子育てが語られています。

【佑樹 家族がつづった物語】
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価格:
単行本 1,390円
kindle版 770円

妻|北海道出身一般女性と結婚し飛躍

そんな斎藤投手の気になる結婚相手について。2019年12月31日、球団を通じ自身の結婚を発表しました。発表当時31歳、結婚相手も31歳で同い年のようです。交際期間などは明らかにされていませんが、お相手は学生時代からの知り合いだった一般女性とのことで、度重なる怪我に悩まされた時期も心の支えとなっていたのかもしれません。

結婚発表から年が明けての2月、春季キャンプ中の行われた阪神戦(練習試合)で先発登板。日ハムの新たな戦術にフィットするかたちで起用され、まずまずの結果を残しました。
しかしその後はやはり力を出せず、引退も囁かれています。奥さんという支えとなる存在を得て、完封を成し遂げていた頃の輝きを取り戻すことを願います。

不仲説|中田翔や田中将大との噂

斎藤佑樹投手について、日本ハムチームメートの中田翔選手や甲子園決勝で投げ合った田中将大投手との不仲説がネット上で見られることがあります。実際はどうなのでしょうか。

中田翔選手は、斎藤投手が一躍時の人となった2006年の甲子園で、大阪桐蔭高校の注目選手でした。早稲田実業との試合では斎藤投手に打ち取られ敗北しましたが、現在はリーグ内で打点王争いに名を挙げるほどのチーム主力打者。その中田選手との不仲が疑われたエピソードの一つが、2017年7月のオリックス戦。先発の斎藤佑樹投手が打たれ、守った中田翔選手が1塁に球を投げようとしたところ、1塁のカバーに入っているはずの斎藤投手がおらず、その怠慢とも取れる守備に、中田選手がぶぜんとした表情でマウンドに歩いた…というもの。それだけでは「不仲」と断定するのは難しく、あくまで「説」のようです。

一方、田中将大さんについては、裏付けとなるエピソードはほとんど見られません。ただ、甲子園での伝説の熱戦以来比べられることの多い二人であり、日本でくすぶり続けている斎藤佑樹投手に対し、田中将大さんはメジャーで活躍中。この状況の違いから、当人たちから離れたところで、憶測の情報が飛び交っていることがうかがえます。

趣味やこだわり

日ハムの選手たちがおすすめの本を紹介する「北海道日本ハムファイターズ読書推進全道キャンペーン」のなかで、自己啓発本や野球に関するビジネス書などを紹介している斎藤佑樹投手。いろいろな本を読んで心も耕しているようです。また斎藤佑樹投手と言えばポルシェをはじめとする歴代の愛車の話題。取材を受けながらの車移動中、街なかを走る外車に目を奪われる様子がテレビで流れ、車好きであることがうかがえました。また、最近では練習後に筋トレに励んでいるという話題も注目を集めています。

愛車|ポルシェ・マカンや国産車が有力

以前テレビで流れた「カイエン乗りてぇ」という若者かりし頃のコメントが今もネタにされがちな斎藤佑樹投手。カイエンとはポルシェならではのハイレベルなスポーツ性能に加えオフロードでの走行性能も併せ持つスーパーSUV。どんな走行感・乗り心地なのか、車好きなら確かに一度は乗ってみたいと思いそうですね。グレードは1千万円台~2千万円台まであるようです。

2016年、斎藤投手の愛車が話題となりましたがポルシェ・カイエンではなくポルシェ・マカンでした。マカンに関してはいろいろな噂が流れ、その後新車の国産車に変えたようです。

趣味|筋トレで鍛え上げた肉体美

斎藤佑樹選手に勝利を!!みんな頼む!

北海道日本ハムファイターズさんの投稿 2014年7月31日木曜日

最近の斎藤投手は筋トレに力を入れていると話題になっています。力強いバッティングには下半身の安定性が重要であり、バッティングやスローイングでは広背筋や脊柱起立筋、三角筋など上半身の筋力が問われると言われています。肉体を痛めつけるほどに鍛えることで自信も増しているとか。筋トレの成果をぜひとも残りのシーズン、そして来シーズン以降に見せてほしいですね。

愛称「さいてょ」の由来

5月31日【Game48/20-28-0】
北海道日本ハムファイターズ 6-1 横浜DeNAベイスターズ
【勝】斎藤佑樹 (1-1-0)【負】熊原(1-1-0)
#FAMBITIOUS #宇宙一のその先へ
http://www.fighters.co.jp/gamelive/result/2017053101/

北海道日本ハムファイターズさんの投稿 2017年5月31日水曜日

「ハンカチ王子」「佑ちゃん」などの愛称で呼ばれることも多い斎藤佑樹投手。愛称としてもう一つ、「さいてょ」とも呼ばれることがあります。

「さいてょ」の由来は、2011年3月21日に行われた日ハムVS阪神タイガースのオープン戦。「佑樹」の下に背番号の18と「SAITHO」と記された応援旗を掲げる女性がカメラに映り込んだことがきっかけとされています。
「さいとう」と読ませるならば「SAITOH」となるのでしょうが、つづりを間違えたのでしょう。その間違ったつづりが「さいてょ」と読めることから、主に野球の実況をしている2ちゃんねる(現5ちゃんねる)掲示板「なんj(なんでも実況)」で定着。同サイトでは斎藤佑樹の名言集を迷言集として紹介するなどしていました。

高校・大学時代|語り継がれる甲子園での戦い

前述の通り、斎藤佑樹投手と言えば2006年夏の甲子園。早稲田実業高校の投手として947球を投げ、優勝候補筆頭だった駒大苫小牧高校や大阪桐蔭高校など並みいる強豪校を抑えて早稲田実業高校を優勝へと導きました。端正なルックスと落ち着きのあるピッチングは次第に世間の注目を集め、現メジャーリーガーの田中将大投手を擁する駒大苫小牧高校との決勝戦では日本中が熱狂。瞬間最高視聴率37.1%という数字からも、当時の盛り上がりがうかがえます。決勝戦では田中将大投手と見事な投げ合いを見せ、15回に及ぶ延長戦引き分け、そして再試合という2日間にわたる激闘

最後は田中将大投手を三振に打ち取り初優勝を果たすというまさに劇的勝利。ピンチでも表情を変えない高校生とは思えない落ち着きのあるピッチングとともに、マウンド上で時折ポケットからハンカチを取り出し汗を拭う姿は注目の的となり、「ハンカチ王子」の愛称で親しまれた斎藤投手。
百貨店ではハンカチの売り上げが上がったというエピソードも聞かれるほどでした。

高校時代|甲子園での成績とエピソード

早稲田実業は、優勝候補筆頭で田中将大投手を擁する駒大苫小牧高校や、現在日ハムのチームメートで当時から強打者として注目されていた中田翔選手のいる大阪桐蔭高校など並みいる競合校を抑え、2006年夏の甲子園で初優勝を飾ります。

斎藤佑樹投手はこの大会で69回を投げ、その投球数は948球。いずれも一大会における記録としては史上最多となりました。また、この大会で残した奪三振78という記録は歴代2位。2日間にわたる決勝戦を連投し、終盤でも147キロの速球を繰り出すスタミナと精神力も圧巻で、背番号「1」が輝いていました。

同年の9月に開催された第61回国民体育大会では決勝戦で再び駒大苫小牧高校と対戦して再び勝利投手になるなど華々しい成績を残し、甲子園後もたびたびニュースなどメディアに取り上げられ注目されました。

大学時代|なぜ大学進学を選んだのか

甲子園で一躍時の人となった斎藤佑樹投手。高校卒業後の進路にも大きな注目が集まりました。多くの高校球児にとって、プロの舞台は憧れの場所。しかし当然ながら高校野球とは比べ物にならない厳しさがあり、プロとして活躍できるプロ野球人生は平均10年ほどとも言われています。プロの世界に飛び込んで野球に賭けるのか、引退後の人生まで見据えて大学へ進むのか…

最終的に選んだのは大学進学への道でした。そこには、学生のうちは野球だけでなくいろいろなことを経験してみたいという想い、また、これまでと同様「文武両道」でがんばりたいという想いがあったようです。

大学時代には、1年時から全日本大学野球選手権大会でチーム33年ぶりの優勝に貢献し、1年生では史上初のMVPに選ばれたり、世界大学野球選手権日本代表に4年連続で選出されたりと輝かしい成績を残します。3年時には早稲田大学野球部第100代主将として背番号10を背負い、大学最後の年にはリーグ戦優勝、そして大学日本一にも輝きました。また、大学の4年間で、東京六大学野球史上6人目となる通算30勝300奪三振という快挙も果たしました。

今後|引退は?今年の斎藤選手はいつもと違う

2020年の今年、斎藤投手は入団10年目を迎えています。週刊誌では引退も報じられましたが、その後本人は否定しているという情報も出て、今後の進退は明らかになっていません。
昨年、日ハム栗山監督が「ショートスターター」(先発投手を相手打者一巡で交代する方式)という新たな戦術を導入し、それに適した存在として再注目。その年の年末には結婚を発表し、明けて2月の阪神戦(練習試合)では先発として登板。まずまずの結果を残しましたが、今期はまだまだ結果が出せていません。

来季こそは開幕一軍で姿を見たいところですが、10年目のシーズンをまもなく終えようとしている今、どこに目標を定めているのか。早くも来季の決断が気になるところです。

まとめ

北海道日本ハムファイターズ・斎藤佑樹投手の経歴やプライベートについて振り返ってきました。日ハムには昨年、斎藤投手と同じように甲子園のヒーローとして注目された吉田輝星投手が入団。プロの壁に苦しみ結果が出せていない状況から斎藤投手の二の舞になるのでは…と揶揄されることがあります。
しかし、あらためて振り返ってみると、高校や大学時代の活躍、その裏にあった努力や精神的な強さには心打たれるものがあります。斎藤投手もまだ32歳(もう32歳?)。「再びの輝きを見せてくれるのでは!?」と諦めきれず期待してしまう人も多いのではないでしょうか。
一方で、もし引退を決断したとしても、大学で学んだ4年間をはじめこれまでに得た知見で新たな活路も見出せるのではないでしょうか。今後の動向に引き続き注目したい人物であることには間違いありません。

※情報は取材当時のものです

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