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女性宇宙飛行士向井千秋|館林市に記念子ども科学館まである群馬の偉人

向井千秋 宇宙飛行士 館林市 向井千秋記念子ども科学館

アジア初の女性宇宙飛行士となった向井千秋(むかいちあき)さん。
宇宙飛行士になる前は、昭和の大スター石原裕次郎氏を担当した敏腕外科医だった方です。

向井さんは、実は群馬県館林市のご出身。
中学生の頃に医師になることを夢見て上京し、猛勉強の末に慶應義塾大学医学部に進学し、その後慶應義塾大学出身者として初の同大学病院女性外科医となりました。
向井さんが次の目標として掲げたのは宇宙飛行士。
数々の試験を突破し見事、宇宙飛行士に抜擢されます。そして、40代にして2度のスペースシャトル搭乗を果たしました。
今回は、努力の末に夢を実現してきた向井千秋さんについてご紹介します。

向井千秋のプロフィール

向井千秋 宇宙飛行士 館林市 向井千秋記念子ども科学館
©https://iss.jaxa.jp/

向井千秋さんのお名前は、「むかいちあき」と読みます。
1952年、群馬県の邑楽郡館林町(現在の館林市)に、内藤家の長女として生まれます。その後、館林市立の幼稚園、小学校、中学校と進学。そして、中学3年生の時に医師を志し上京しました。

本名:向井千秋(旧姓:内藤千秋)
生年月日:1952年5月6日
血液型:非公開
身長:158cm
職業:宇宙飛行士・医師
所属:宇宙航空研究開発機構(JAXA)・東京理科大学副学長
出身地:群馬県館林市

努力の人・向井千秋さんの経歴

医師であり宇宙飛行士でもある向井千秋さん。なぜ「努力の人」といわれるのでしょうか。
向井さんの生い立ちや、これまでの経歴をご紹介します。

1968年:慶応義塾女子高校に入学。
1971年:慶應義塾大学医学部に入学。その後、同大学医学部を卒業し、同大学病院外科医局へ。
1981年:石原裕次郎氏の手術チームに加わる。
1984年:宇宙飛行士に応募。
1985年:宇宙飛行士に選ばれる。同年11月には、NASDA(現在の宇宙航空研究開発機構JAXA)に入社。
1986年:向井万起男氏と結婚。
1988年:慶應義塾大学にて医学博士号を取得。
1994年:スペースシャトル「コロンビア号」に搭乗(42歳)。
1998年:スペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗(46歳)。
2007年:JAXA友人宇宙環境利用ミッション本部の宇宙医学生物研究室室長に就任。
2012年:宇宙航空研究開発機構宇宙医学研究センター長に就任。
2015年:富士通の社外取締役に就任。
2016年:東京理科大学特任副学長に就任。
2019年:花王の社外取締役に就任。

医師から宇宙飛行士へ

向井千秋 宇宙飛行士 館林市 向井千秋記念子ども科学館
©https://iss.jaxa.jp/

母ミツさんによれば、向井千秋さんはとても面倒見の良いお子さんだったそうです。勉強ができない子に、ごっこ遊びを通して文字を教えたり、自らピアノを弾いて合唱させたりなど。
医師を志すようになったのは、小学5年生の頃。弟さんの足の病気がきっかけだったといいます。弟思いのお姉さんですね。

その後、医師という夢を叶え外科医として臨床や研究に従事していた頃、新聞の宇宙飛行士募集の記事に目を留め応募。「地球をまるごと見てみたかった」そうです。
そして、念願の宇宙飛行士になり、1994年には、日本人女性初スペースシャトル「コロンビア号」に搭乗
国際宇宙ステーションにおいて向井さんが行ったさまざまな実験は、当時も話題になりました。メダカも無重力空間で受精や繁殖ができることが分かりましたよね。

東京理科大学特任副学長や花王・富士通の社外取締役も務める

向井千秋 宇宙飛行士 館林市 向井千秋記念子ども科学館
©https://iss.jaxa.jp/

宇宙飛行士となった向井千秋さん。2度にわたる宇宙飛行士としての任務を終え、地球に戻ってからも、たくさんの役職に就きご活躍中です。

宇宙より帰還後も引き続き宇宙空港研究開発機構(JAXA)に所属し、STS-107ミッションの副サイエンティストとして、アメリカのヒューストンで勤務。

その後、2004年より国際宇宙大学客員教授として、フランスのシュトラスブールへ。
3年間の客員教授を経て、2007年にはJAXA有人宇宙環境利用ミッション本部有人宇宙技術部宇宙医学生物学研究室室長に就任。

2015年からは、東京理科大学特任副学長として、宇宙教育プログラムの代表を、また2015年より富士通、2019年より花王の社外取締役も務めています。

実家は館林市のカバン店で夫は医師?

向井さんのご実家は、館林市でランドセルやバッグなどを扱うカバン店「べにや」を営まれています。父の喜久男さんは教員をしていたため、母のミツさんがお店を切り盛りされていたとのこと。

そんな母ミツさんの背中をまっすぐに見て育った向井さん。34歳のときに電撃結婚します。
お相手は、同じ医者である向井万起男氏。慶応病院で働く5歳年上の病理医とのことです。お二人の出会いは病理学教室の解剖待機室で、万起男氏は大学院生、向井さんは医学部学生のときだったそうですよ。
ご結婚の際に、結婚式や披露宴はしていないそうです。母ミツさんも同様に行われなかったそうなので、母に倣ってご自分も行わなかったのかもしれませんね。

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心に響く向井千秋さん名言

続いて、向井千秋さんの名言をご紹介します。
向井さんの言葉は、「うんうん」と納得できる名言ばかり。未来を切りひらく希望の言葉として、「世界の女性名言事典」という本にも掲載されています。

人生を変えるきっかけは日常茶飯事のいろいろなところに転がっている

「人生を変えるきっかけっていうものは、日常茶飯事のいろいろなところに転がっていると思うんです。転がっているのに気付くか、気付かないか。気付いたときに取るのか、取らないのか。」

新聞の片隅にあった宇宙飛行士募集記事に目をとめ応募した向井さん。そのときの姿が目の前に広がるようです。

私がもつ肉体と知識を全て使ってできるだけの事をする

「私は医師として多くの生死と向い合ってきた。生まれたばかりの赤ちゃんが全く外に出られずに亡くなってしまうこともあった。満足な肉体を持ちながら、危険が伴うという理由で夢を断念するのは、無念の思いで命を落としていった人に申し訳ないと思うのです。私がもつ肉体と知識を全て使ってできるだけの事をする。これが生かされている私に与えられた使命。」

医師として誠実でひたむきな人柄が、直球で伝わってきます。

館林市向井千秋記念子ども科学館

向井千秋 宇宙飛行士 館林市 向井千秋記念子ども科学館
©https://www.city.tatebayashi.gunma.jp/

向井千秋さんが生まれ育った館林市には、向井千秋記念子ども科学館があります。1991年に館林市子ども科学館として開館しましたが、向井さんが日本初の女性宇宙飛行士となったことを記念して現在の名前になりました。
ちなみに、向井さんは名誉館長です。

施設内には、LED電球を使ったプラネタリウムや、車椅子から観測可能な天体観測室など、たくさんの人が楽しめる工夫がされています。
向井さんの生い立ちや宇宙実験や宇宙旅行、神秘に満ちた宇宙の姿が垣間見られる展示室もあります。
向井さんと宇宙に行ったメダカの子孫にも会えますよ。
ぜひ訪れてみたい科学館ですよね。

営業時間:10:00~16:00(最終入館15:30)
休館日:毎週月曜日・国民の祝日の翌日(土・日曜日除く)・年末年始・設備点検日
入館料:高校生以上330円 中学生以下 無料
※プラネタリウム観覧には別途料金がかかります
住所:群馬県館林市城町2-2
電話:0276-75-1515
駐車場:なし
※近隣の市営尾曳駐車場をご利用ください(無料・240台)
アクセス:
車 東北自動車道館林ICより車で約15分
電車 東武伊勢崎線館林駅より徒歩約20分
公式HP:https://www.city.tatebayashi.gunma.jp/kagakukan/

 

向井千秋さんの現在と今後の活動予定

医師として、宇宙飛行士として、第一線で活躍してきた向井千秋さん。
これまでの経験を活かし、宇宙や科学等に携わる若手の育成にも積極的に取り組まれています。

月に住むためのプログラムを研究中

2017年より、東京理科大学のスペース・コロニー研究センターのセンター長に就任した向井さん。現在は、月に住むためのプログラムを進めているそうです。

大学の各分野をまとめ、宇宙ビジネスを考える企業と連携しながら、宇宙開発に向けさまざまな技術を結集。月に住むために必要な水や空気、食糧、エネルギー等を調達する循環型社会システムの構築を行っているといいます。
具体的には、宇宙ステーションでの尿の水としての再利用であったり、便を肥料(窒素)としての再利用であったりなど。

こうした宇宙環境で生活するための工夫は、地球上の厳しい環境において、また、災害時の大変な状況においても応用が可能とのことです。宇宙開発が、私たちの身近な生活に直結するなんて、嬉しい驚きですよね。

もう一度宇宙に行けるなら月に行ってみたい

向井千秋さんは、2020年7月に行われた宇宙航空研究開発機構(JAXA)のイベントで、また宇宙に行きたいかを問われ、「次に行くとしたら月がいいです。3日で行けますし。」と答えています。
月で何をしたいかとの質問には、「月の遊覧飛行で裏側を見て、一番は月から地球が見たいです。」と回答。

向井さんによれば、宇宙空間を上手に活用し、月へ観光で行ける時代はもうすぐとのことですよ。
2020年代の後半には、日本も参画しているアルテミス計画(2024年に宇宙飛行士の月面着陸を目指すアメリカによる計画)によって、その第一歩を踏み出すことになるそうです。
確かに、日本ではキヤノン電子やIHIエアロスペースなどによる民間ロケットベンチャーが、既にロケット開発に乗り出しています。
宇宙ステーションでの長期滞在だけでなく、そこから月や火星など、気軽に宇宙旅行に行ける時代は、もうそこまでやってきているのです。

まとめ

簡単ではありますが、ここまで向井千秋さんについてご紹介してきました。

「夢を持つ人生は、持たない人生の何倍も楽しい。一回しかない人生、いくつになっても挑戦していきたい。」

とおっしゃっているように、医師になる夢のために努力を重ね、医師になり、その後も宇宙飛行士になる夢のために努力を重ね、宇宙飛行士として2度搭乗しました。
現在も多くの役職を務め、多忙な向井さん。前向きでバイタリティ溢れる生き方は、私たちにとっても手本となる存在です。

今年で69歳を迎えられるとは思えないほど若々しい向井さん。今後も益々のご飛躍を期待しております。

※情報は取材当時のものです






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